鮮やかなイギリス留学
大陪審証言の日のテレビ演説では、大統領は適切でなかった関係と表現している。
だが下院はこれを偽証と認め、上院ではその容疑(と司法妨害容疑)で弾劾裁判が聞かれ、結局これは弾劾による大統領職追放に必要な上院での3分の2以上の賛成はおろか、半数の支持もえられないまま、長い長いC大統領のセックス・ショーは幕を閉じた。
M新聞の特派員として1970年代初めにワシントンに駐在していた私は、下院で弾劾決議を通されそうになり辞任していったN大統領のことを思いださずにはいられない。
民主党全国委員会の事務所にN再選委員会の関係者が忍び込んだという事件は明らかに刑事事件であり、それを揉み消そうとしたN大統領の行為は弾劾になっても仕方がないものだった。
私たち外国人記者はアメリカ民主主義の強さに目を見張る思いで事件の成り行きを報道していた。
C大統領の偽証容疑の基になったのは、ホワイトハウス執務室においてとはいえ、「追っかけ」女性の体にふれたというものだった。
当然このふたつの間には大きな違いがある。
だから仮に偽証という結論になっても、それは重い罪には当たらなかっただろうと思う。
しかし米国では選挙で選ばれる政治家の個人的な問題に対してはウォーターゲート事件以来、微に入り細をうがって調査するのがジャーナリズムの任務だとされるようになっていた。
この事件から10年ほどしかたっていないが、米国はセックスがらみのスキャンダルに寛大になったのだ、ろうか。
スキャンダルまみれになりながらも、C大統領は国民からの圧倒的な支持を誇っている。
潔癖さをあくまで追求しようとしたのは「ベルトウェーの内側」で、「ベルトウェーの外側」はモラルに鈍感になったのだろうか。
経済が好況だというのもひとつの背景だろう。
またクリントンを支持する厚い層は公民権運動やベトナム反戦運動を通じて、伝統的価値観をそれほど重視しないのだという、世代聞の価値観の変化をあげる人もいる。
さらには冷戦が終結し、ソ連との対決が大統領の重要な仕事だった時代が去り、大統領職の重みが減って、「国家安全保障型の大統領」から「有名人型大統領」の時代になったのだという評論家もいる。
おそらくいくつかの理由がからんでいるのだろうが、一般市民もあきれるほど、大統領のイスが軽くなったことは確かだ。
そうしてC大統領といえば、「ああ、あの不適切な……」といわれるようになるだろう。
だからホワイトハウスをねらっていた民主党のG元上院議員は、選挙戦でいいところまでいっていたのに、ボートの上で水着姿の若い女性を膝に乗せている写真を暴露されて、2度と大統領選挙戦にはでられなくなった。
アメリカの大統領が引退すると、その出身地にその大統領のPresidentialLibrary(大統領図書館)が建設され、ホワイトハウス時代の文書や記念の品が収集・展示される。
C大統領の図書館も故郷のアーカンソー州に設立されることが決まっているが、このようなことが決まりのようになったのはそれほど古いことではない。
第2次世界大戦が終わった年の1945年、F大統領が亡くなった際、ニューヨーク州ハイドパークに建設されたのが最初だった。
もちろん、それ以前の大統領で記念図書館が建てられたものがまったくないわけではない。
ウォーターゲート事件のため辞任させられるという不名誉を着せられたN大統領の図書館づくりは難航したが、1990年に同大統領の生地、ロサンゼルスの東南50kmの地、C州にオープンした。
1994年4月に81歳でN元大統領が亡くなった時、盛大な葬儀がこのN記念図書館で、行われて話題になった。
テキサス州の州都オースチンにあるT大学のキャンバスには、壮大なリンドン・J図書館がある。
ここではJ大統領のホワイトハウス時代のものを中心に収集された3100万点の文書が目玉だが、この図書館にはホワイトハウスの執務室であるOvalOffice(オーバル・オフィス)が8分の7の大きさながら、そっくりそのまま復元されている。
J大統領は、1963年11月のK大統領暗殺で大統領に昇格、64年の大統領選挙では相手候補を大差で破り、68年の選挙でも再選を期していた。
その彼が、ベトナム戦争反対で再出馬を断念させられた無念さが、この8分の7の執務室に凝縮して残っているような気がしてならない。
それもそのはず、アメリカの大統領にはまことに大きな権限が与えられている。
HeadofState(国家元首)として国を代表し、ChiefExecutive(行政府の長)として国政実行の責任者となり、CommanderinChief(軍の最高司令官)でもある。
自分が属する党の全国大会で大統領候補として指名され、選挙に勝って大統領となっているのだからPartyLeader(党指導者)でなければならない。
冷戦終結後は、かつてのように西側諸国の間で指導力を発揮し、東と対決する責任はなくなったが、国際政治の場で、は湾岸戦争や旧ユーゴスラビアの紛争などにみられるように、ことあるごとにその指導力が期待される。
T大統領がTheBuckStopsHereと彫った木の置物を執務室のデスクの上に置いていたのは、大統領が負わねばならない責任の大きさを、日々自戒するためでもあった。
Buckとはポーカーで次のディーラーとなる人の前に置く印で、そこから責任、義務という意味になる。
広島、長崎に原爆を投下させ、冷戦期にソ連との厳しい対立のなかで米国と西側の政策を毘開していかねばならなかったT大統領の気持ちが、この短い言葉に表れているようである。
責任と義務が大きいぶんだけ、大統領の一挙手一投足に世間の注目が集まる。
アメリカのテレビニュースで大統領がでてこないことはまずない。
日本の総理大臣などとは雲泥の差なのである。
だから大統領の側に少しでも近づきテレビに写ろうとするPotomacFever(ポトマック熱)にかかった人たちが必ずいる。
そういう人たちをホワイトハウスのカメラマンたちはvelcroidsと呼んでいる。
Velcroは、けば立ったパイルにフックテープで接着させる、面ファスナーのこと。
ポケットなどにボタン代わりに使われる商品の商標だ。
roidは「…状のもの」という接尾語だから、velcroidsとは「面ファスナーのようにくっつく人たち」、つまり、いつも大統領にぴったりくっついている人のこととなる。
こうみてくると、大統領の権限は途方もなく大きいようにみえる。
実際、歴史家のA・Sは1970年代にImperialPresidencyという書物を著している。
直訳すると「帝王的大統領職」ということになろうか。
しかし大統領は決して専制君主的な権力を持っているわけではない。
大統領が外国と条約、協定を結んでも、上院の批准承認が必要となる。
指名人事では上院の承認がなければその人物は就任できない。
国民の世論の動きはそれよりもっとこわい。
しかも最近では国際協調やボーダーレス・エコノミーで、国の内政、主権というものに対する考えが変わりつつある兆候も見られる。
たとえば日米間の日米構造協議でのやりとりは、ひと昔前なら内政干渉といった内容を含んでいる。
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