賃貸の市場規模を昨年と比較

ある日突然、めまいに襲われるかのように自覚症状が表れ、気づいた時にはすでに手遅れな状態に陥っている。 これがいわゆるマンションの「乗っ取り」である。
乗っ取りの目的は、マンションに潜在するあらゆる利権を食い物にすることにある。 大胆にして巧妙に、一部の人間がマンションのすべての利権を手中に収めるのである。
Kさんの住むSマンションも、今から思えば四年前、新任の理事長が就任したときすでに、その後繰り広げられる「乗っ取り劇」の幕は切って落とされていたのである。 築一○年を迎えようとするSマンションは都内某所に位置し、住戸数二二三戸というそれなりの規模を備えていた。
大手マンション分譲会社が供給したという信頼感と立地のよさがあいまって、バブル華やかなりし頃はウナギ上りに価格が上昇した。 それにつれて売却、転売する人があいついだことから、昔ながらの所有者が急激に減ってしまい、住民の顔は様変わりしていた。

特に各住戸を賃貸として貸し出すオーナーが急増し、Kさんのように新築の時からそこに住んでいる人にしてみれば、マンションの中に知った顔はそれこそいなくなっていた。 それまでKさんは、自分の財産でありながらマンションの運営についてまったく無関心であった。
その彼が自分のマンションの現状に初めて疑問を感じたのは、四年前のことだ。 総会の議事録が手元に届いてから数日後、管理費の値上げの通知を読んだときのことである。
「先般、定期総会議事録でもお伝えいたしましたように。 」ここ数年、議事録なんて送られてきても全然目をとおしていなかったので、その時のことは今でもよく覚えている。
引き出しの奥にしまい込んでいた議事録を引っ張りだして読んでみると、たしかに、管理費値上げの議案が賛成多数で可決された、とある。 「まあ、あの時は、昨今はマンションの管理の問題が話題になることも多いから、わがマンションもいい意味で関心が高まりつつあるんだろうってタカをくくっていたんですよ」「受水槽にあるポンプが突然作動不良を起こしたため、理事長の決断で緊急工事を発注した」とある。
緊急に必要な工事ということでその時はさして気にも止めなかったのが、後から思い返せば、この時すでに乗っ取り集団の手口は動きだしていたのである。 事実、かれらの書いたシナリオどおりSマンションは急速に朽ち果てていった。
緊急工事の名のもとに、その後も修繕積立金はどんどん乱費され、わずか半年もしないうちに底が見えてしまう始末。 翌年の定期総会では、管理費と修繕積立金を今までの二倍にするというだいたいKさん自身、管理組合の定期総会にまじめに出席していたのは入居して二年目までではなかっただろうか。

一年目、二年目までは総会というものがどういうものなのか興味もあったものだから、本来はゆっくり家で休んでいたい日曜日に仕事疲れの残る体を押して出席していた。 けれども事務局である管理会社が用意した式次第に沿って進行する毎年オキマリの議事進行と、マンネリの議案にうんざりしたのと、役員改選の時期を迎えて出席して面倒な役回りを押しつけられても困るので、三年目からは総会開催の案内状に添付された委任状にサインをして送り返すだけになっていた。
だいいち、出席してもしなくても何も変化がないのだ。 当初は総会後に送られてきた定期総会議事録にはきちんと目をとおしていたけれども、会議同様、毎年、内容に変わりのないことがわかるとそれさえ読まなくなっていた。
管理費値上げの通達が届いてから二ヵ月もしないうちに、また別の書面がKさん宅に送られて某日、総会の出席者は五○人をゆうに超えていた。 マンションの敷地内の一画にある集会室は煙草の煙が充満し、これから始まろうとする事態をなかば察知して脅えているかのように各出席者の顔は異常な興奮につつまれていた。
定刻の午後三時、理事長が緊張した面持ちで壇上右隅から登場した。 「これより第八回Sマンション定期総会を始めたいと思います。
まずは一号議案である昨年の決算報告を、事務局のM管理会社より報告願います」昨年度の決算報告が読み上げられ、静かに可決された。 議事は問題の管理費値上げ議案をも含めた今年度の予算案の審議へと移行した。
「それでは次に第二号議案に移りたいと思います。 二号議案は管理費の値上げに関してですが・・・」二年連続の大幅な値上げが議案となった。
それまでマンション運営にあたっては無関心でいたKさんも、月々の出費がかさむということであれば無視することもできず、久しぶりに総会に出席「議事進行!」突然、会場全体に怒声が上がり、いきなり総会は騒然としたのである。 反対発言はおろか質問も封じ込めてしまうような威圧的な拍手が続いた。
議長が議案について読み終わるのを待たないで、事態は急変した。 「異議なし!」マンション乗っ取り屋の恐るべき手口数日後、Kさんはマンション内で今となっては唯一、入居当初からの知り合いであるHさんをともなって勤務先の顧問弁護士の事務所を訪ねていた。
先日の総会における異常な光景を目の当たりにして、このままではとんでもないことになる、と直感したからだ。 Kさんたちの説明を黙って聞いていた弁護士は、二人の説明が終わってもしばらくじっと考え込んでいた。
長い沈黙の後、彼は重い口を開き、淡々とSマンションの現状について、法律の専門家としての分析を話し始めた。 二人の説明を聞くかぎり、理事長を中心とした一部のグループが管理組合を私物化していることはほぼまちがいないだろう。
このままではさらにかれらの行動がエスカレートすることは十分予想される。 かれらの最終的な目的はマンション全体の地上げではないだろうか。

管理費と修繕積立金を浪費し、不当な運営経費の値上げを強行しつつマンションの価値を間接的に下落させることで、住民全体を追い出しにかかる。 バブル崩壊以後、まさにこの手の地上げの新たな手口が「満場一致で管理費及び修繕積立金の値上げ議案は可決されました」怒涛のような拍手とともに、議長の声が会場一杯に響いた。
予想もしなかったコトの流れにただただ驚くだけのKさんは、あまりの恐ろしさに膝の震えを押さえるのがやっとだった。 ふと時計を見ると、開会が宣言されてからわずか八分しかたたないうちに総会は閉会されたのである。
マンションには数多くの利権が内在している。 そして不思議なことにマンション住民のほとんどが、自分の財産であるマンションの運営の実情や、自分が拠出した管理費、修繕積立金の使途について驚くほど無関心なのである。
各組合員から徴収している管理費と修繕積立金は、年間の予算にすると巨額なカネになる。 戸数の多い大規模なマンションであると毎年、数百万円のカネが動くのである。
このカネを自由に操れる力、これがまず第一の利権である。 管理費は管理会社に、修繕費もまた管理会社や建設会社にいずれは支払われるカネである。

仕事をぜひとも請け負わしてもらいたいと躍起になるこういう各会社に対する発注権限を握ることは、オモテ向きは紹介料と称してワイロをせびる力をも手に入れることにもなる。 これが二つ目問題になっている、と弁護士はいうのである。

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