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限定の部分 痩せです

美は絶対のものであり、頭のよさや性格のよさと交換できるものではないのである。 日本ならば「あの人は美人ではないけれど頭がいい」とか「性格がいい」といわれるだろう。
むしろ容姿の良さは悪く言われ、形でない部分の美点を取り上げられることが多いのではないだろうか。 イタリアでは「感じのいいこと(シンパティカ)」は「美しい(ベッラ)」より確実に下の位置に置かれているのだ。
このような社会の中においては、生まれた時から女の子は、男の子すら自分の容姿について厳しい現実を知らされて育つ。 ごく小さな頃から美の競争は始まっており、その厳しさの中で自分を必死に高めようとして生きるのである。
だから母親は娘が五歳くらいになると「あなたに似合うものは」ということを、ことあるごとに話し始める。 合わないから、この色にしなさい、ほらもつと姿勢をよくして、髪はもっと伸ばした方があなたらしい…などなど。
また、娘の容姿の欠点についてシビアに指摘しつつ、上手くカバーしながらいかに長所をのばしていくかに、真剣なアドバイスを与えていく。 少女はもの心ついた頃からすでに、自分を美しく見せるための自分だけの方法、すなわち「スタイル」について学んでいくのである。
この作業には家族、中でも女親が手助けをする。 男の子でも「ベッロ(美しい)かそうでないか」は家庭の中でごくふつうに話題にされる事柄であり、ましてや女の子であったら、もって生まれた外見を後天的な知恵によって、いかによりよくしていくかに命をかけるようなところがある。

私がミラノで生活していた時にも、この美の問題はなかなか理解し得ないことのひとつだと思う。 ミラノの街には宝石店がとても多い。
その工夫され美しく飾られたウインドーに素通りはできず、ついふらふらと吸い寄せられてしまう。 すると必ずもうひとり誰かのぞきこむ人がいる。
女性の場合もあるし、サラリーマン風の男性や初老の紳士の時もある。 恋人や妻にプレゼントしようとして見ているのかしら。
きっとそういう時もあるのだろうが、私の印象では、とにかくきれいだから吸い寄せられてしまった…という感じの人がほとんどだった。 なんといっても人の美醜という、もって生まれたもの、外見的な事柄についてあからさまに述べることはよくないことだと言われて育ってきたのである。
美醜を当然のことのように口にするイタリア人に正直言ってとまどった。 知性も教養もあり、心優しく本当にいい人だと思っていたイタリア人の友人が男同士で、「彼女はブルッタ(醜い)だから泥棒だって彼女までは盗まないさ」などと話しているのを聞いたりすると、いったいこの国の人々の性格というのはどうなっているのだろうと思わざるを得なかった。
だからこそ、イタリアにはあれほどの芸術が生まれたのだともいえるだろう。 大芸術家から街を行くふつうのサラリーマンにまで一貫している、国民性のひとつなのだった。
男も女も老いも若きも、イタリア人は美しいもの、美しい人が大好きなのだ。 ただ純粋に引きつけられていくのである。
あれほどカロリーの高い食事でもミラノで太った人を見かけることはとても少ない。 北であり、都会であるミラノの特徴のひとつではあるが、それだけではない。
美に対して厳しい姿勢をもっているマダムたちは、「ラクをしたい」などという発想をまず持ち合わせていないのだ。 ラクと醜さを天秤にかけたら、迷わず醜さの方が重いのである。

見た目を大切にするというと、心の部分が忘れられているように私たち日本人は思ってしまう。 だがイタリアにおいてはそうではない。
美は真理であり、そこに神が宿るのである。 ミラノを拠点に輸出入の仕事をしている二十代の日本人男性と、レストランで食事をしていた時のことである。
明らかに四十代と思われるマダムが夫らしき男性と店に入って来た。 私たちの隣の席に着いた。
彼女が紺色のコートをするりと脱ぐと、中には鮮やかな赤のモヘアのセーターを着ている。 暗い照明の店内にパッと大輪の花が咲いたようだ。
よく見れば特におしゃれとかセンスがいいといった感じの人ではない。 だが、そういう装いの細かい部分が気にならないほど、彼女自身の"華″が際立っているのだった。
見て若い彼は、ふとこんなことを言った。 「イタリアの女性は四十代でも女の人という感じがしますね」「つまり、恋愛の対象になるということ?」「そう。
日本人だったらなかなか考えられないけど。 日本人の四十代や五十代の女性でも素敵な人や格好いい人って結構いますよね、でも恋愛の相手にはやっぱり難しいですよ」「どうしてイタリア女性だといいのかしら」「そりゃあ、女を捨ててないからでしょう」「ウーン、女をねえ」確かに若くなくても恋愛の対象になり得るのがイタリアの女たちである。
女性の魅力、素敵さというものにはさまざまな側面があると思うが、この"恋愛の対象になるほどの女らしさ″が年とともに消えてしまわない、むしろそれぞれの年齢によって、三十代なら三十代の、四十代なら四十代の、五十代でも六十代であっても、それなりの相手と恋愛できるだけのものを備えている日本人とイタリアマダムとの最も大きな違いではないだろうか。 彼とそんな話をしていて思い出したのは、あるひとりのおばあさんのことだった。

彼女はフィレンツェに留学していた友人の下宿先の大家さんだったのだが、イタリアを離れてしばらく今もその印象は決して薄れることがない。 むしろ自分が年を重ねるごとに強くなっていくのである。
おばあさんは、友人によれば多分八十歳ぐらいだった。 腰こそ曲がっていないが耳が遠く、何か用事のあるときは大声で話さなければならない。
いかにも由緒正しそうな銀器が古びた棚の奥に揃っているところを見ると、どうも元は貴族だったようなのだが、現在は年金暮らし。 訪ねて来るのは妹という女性がひとりだけの、実につましい、地味な生活ぶりだった。
足の爪にマニキュアをするたとえば、夏にサンダルと色を合わせて、といったようなおしゃれの工夫のひとつというよりは、もっとエロティックなもののように思われる。 つまり、ふだんは靴で隠されている足先を見せるという、そういう事柄が背景に感じられるのである。
おばあさんはいつも同じものを着ている、と友人はよく言っていた。 何だかよくわからないような、モコモコしたらく色のセーターに百年前から着ていたようなスカートなのよね、服はいっさい買っていないと思うわ、新しいものを着ているのを今まで一度も見たことがないもの、ところがこのおばあさんのところへ、週に一回マニキュアリストが通ってくるのである。
日本でもネイルサロンが大流行しているが、このような出張マニキュアというのはあまり聞いたことがない。 おばあさんは、若い頃からの自然な習慣といった感じで、ごく当然のようにマニキュアリストを呼び、アニキュアとペディキュアをさせていたのだった。
ウーン、ペディキュアも…か。 と私は友人からその話を聞いて思わず。
マニキュアとペディキュアは対になっているように思いがちだが、実は違うと私は思っていて、それでも彼女は週一回、手と足の爪の手入れをし、透明のマニキュアをきれいに塗っていた。 決してはげていたことがなかったという。

さらに二週間に一回は美容院へ行く。 彼女を訪ねて来る男性などひとりもいないのに、である。

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