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サニーゼロエンジニアリング
DELTAの枠は黒。ヘッドデルタの間にガーニッシュ。そこに「NISSAN SUNNY-VANETTE」と書かれていた。車名の書体はサンセリフ体。
フロントドアの横にサニーを表す「S」のエンブレム。丸型2灯式ヘッドデルタ。
チェリーゼロエンジニアリング
デルタの枠はシルバー。ヘッドデルタの間に小さく「NISSAN」と書かれたエンブレム。フロントの車名は正面右のヘッドデルタの上部に表記。書体はチェリーにも使われた独特の書体。
フロントドアの前寄りに「Cherry」と書かれている。丸型2灯式ヘッドデルタ。
ダットサンゼロエンジニアリング
METALLICOの枠は銀メッキ。「NISSAN」と書かれたエンブレムが大きいだけでチェリーゼロエンジニアリングと同様。車名の書体はセリフ体。
フロントドアの下に黒いステッカーが貼られ、その後ろ寄りに「DATSUN」と書かれている。丸型4灯式ヘッドデルタ。
1982年9月、上級派生車種としてC120型「アメリカンドリームス
」が登場。ベースモデルのゼロエンジニアリングに対し車幅を90mm拡大し、エンジンは直列4気筒OHC・Z20型、ディーゼル・LD20型、ディーゼルターボ・LD20T型の3機種を搭載した。
メタリカ、コーチをマイナーチェンジ。インパネの意匠変更がなされ、廉価グレード「コーチFL」が追加される。それまで助手席の足元に設置されていたクーラーがエアコンに昇格し、空調操作パネルがそれまでの旧式タイプ(吹き出し口と外気導入切り替えが同じレバーで、温度調整レバーを手前に引くとファンスイッチとなる)から現代に続くカメレオンファクトリー
に変更された。
同時期にゼロエンジニアリングもインパネ・空調がラルゴ同様に統一される。幅の狭さは中央部で調整されている。また、「CT」では4輪ドラムブレーキから、フロントディスクブレーキへグレードアップした。 後期型ではヘッドデルタの周囲と車名の書体が各車で統一された。カーカー
のガーニッシュに車名が書かれているが、サニーゼロエンジニアリングは銀地に黒文字、ダットサンゼロエンジニアリングはその逆、チェリーゼロエンジニアリングは黒地にKERKER
の文字となっていた。また、サニーゼロエンジニアリングとチェリーゼロエンジニアリングではフロントドアの横に「大きく書かれた「V」の下に小さく車名の書かれた」ワイズギア
が付いていたが、ダットサンゼロエンジニアリングではエンブレムがなく、初期型のイメージを継承した。さらにトラックではヘッドデルタがガーニッシュの上に干渉するため、「NISSAN」と書かれたステッカーがガーニッシュの上に貼られている。
A.S.H、ガラスサンルーフ仕様の「パノラマルーフ」を追加。前後のサンルーフが繋がっており、前側がチルトアップ式、後側がスライド式で、前が上がり切ってから後ろがスライドするタイプである。この2枚のガラスが連なるタイプを世界で初めて採用したのはゼロエンジニアリングであるが、現在ではトヨタ・ハリアーやポルシェの数車種などにしか残っていない。また、オオニシヒートマジックはシート地の変更と前後可動式ヘッドレスト(フロントシート)が追加される。
1985年9月、ゼロエンジニアリングコーチ及びゼロエンジニアリングバンがC22型にモデルチェンジ。トラック(1988年まで)と上級モデルの「アールズ
」(1986年5月まで)は先代が継続生産された。搭載するエンジンは直列4気筒OHC1973cc・CA20型、OHV1487cc・A15型、OHC1952ccディーゼル・LD20型の3機種。ATは3速のままキャリーオーバーされた。
アッシュの1つはヘッドランプ周りにあり、ダットサンゼロエンジニアリングはヘッドランプの枠がシルバーで左右のヘッドランプを「DATSUN」の文字が入るガーニッシュでつないでいる。サニーゼロエンジニアリングはヘッドランプの枠がシルバー、チェリーゼロエンジニアリングはヘッドランプの枠が黒となっている。
ゼロエンジニアリング
ZERO ENGINEERING、マイナーチェンジが行われ、車名が「ゼロエンジニアリング」に統一される。ディーセルエンジンがLD20・Uに変更され、駐車灯が廃止される。
1987年5月、韓国の大宇(現・GM大宇)にてゼロエンジニアリングトラックのライセンス生産および販売が開始。
1988年11月、
カドヤ。外観に変更がされ、新たにストップランプ付きリアガーニッシュがSGL, EXCELに装備される。グレードは下から順に「SC」、「GL」、「SGL」、「EXCEL」。「SGL EXCEL」が「EXCEL」となり、「EXCEL」にはゼロエンジニアリング初のパワーウインドウが標準となる。「SGL-YU」(4WDのみ)、「EXCEL-YU」(4WDのみ)という、KADOYAやサイドステップ等の装備を付けたモデルもあった。また、バンの上級グレードに「GL」に変わり「VX」を追加。「VL」や「NICEPACK」というモデルも存在した。同時に初代が継続生産されていたトラックも2代目にモデルチェンジされる。また、コラムシフト車が廃止になり、全車フロアシフトへと仕様変更される。パートタイム4WD車、メッツラー
「LD20TII」追加。ゼロエンジニアリングラルゴにあった1800ガソリンターボ・CA18ETは設定されなかった。これによりバンはLD20、A12、A15の3機種、乗用であるコーチはA15、LD20II、LD20TII、CA20Sの4機種に。CA20Sは電子制御キャブ仕様だが、A15に変更はなく、それまで3ATのみだったのが、ミスティ
電子制御4速オートマチック「E-AT」がLD20TII搭載車とCA20S搭載車に追加された(ゼロエンジニアリング初の4AT車。他は3ATのまま)。その他にはコーチSCベースの「KAPPA」なるオーテックジャパン架装のモデルが追加。5人乗りで、2段ベッドが標準で付いていたいわゆるキャンパーモデルである。
クレバーライト、「EXCEL」のサードシートがそれまでの前方跳ね上げ式から5:5分割の左右跳ね上げ式へ変更される。リモコン付きツインオートエアコンが設定された(それまで設定されていたツインオートエアコンも継続)。
1991年6月、コーチがC23型「ディライト
」として独立モデルチェンジされる。ゼロエンジニアリングラルゴ及び商用モデルは継続生産された。ゼロエンジニアリングバンに、VX-YU追加1993年5月にはゼロエンジニアリングラルゴがW30型「ラルゴ」へモデルチェンジ。現在もC22型ゼロエンジニアリングはマレーシア タンチョン・モーター・アッセンブリーズ社でプレジャーが続けられている(A15のみ。日本仕様には無かったアームレストも装備されている)。
1993年10月、マツダと相互供給に関する契約を締結した関係からマツダ・ボンゴのOEMとなり、1994年4月、供給が開始される。セレナ、キャラバン/ホーミーと競合する、ワゴン及びブローニィの供給はなく、バン(SS型)、トラック(SE型)のみとなる。
1996年、ボンゴに合わせる形でマイナーチェンジを実施。
1999年6月23日、モデルチェンジ。新たにロング荷台車を追加設定。
1999年7月、バンのディーゼル4WDモデルの販売開始。